昔は健康優良児という子供が優秀と言われていた
確かに優秀な子供に間違いは無い
運動が出来て頭が良くて体格が良い
先生も一目置く生徒
いろんなことに劣等感を持っていた私には無縁なことばだった
自分で作れない基本的な体格
努力しても限界のある運動神経
好きな勉強と嫌いな勉強を平均して出来ない頭脳
良い中学高校に行って
優秀な大学に入り
一流の会社に就職する
一般的にはこんな人は頭のいい人と言われるのだろう
誰が見ても頭のいい人
そのまま進化すればの話
しかし順風満帆に出世するのはごく一部
多くの人は優秀な人たちの中に埋もれ普通の人になる
優秀な人たちは自分磨きを継続的にしている
挫折する人たちは自分の能力を勘違いしている
気が付いたときに取り戻すには時間がない
挫折して鬱状態になる人も居る
気が付くのが遅すぎる
子供の時から優秀優秀と言われ続け社会人になって現実を知る
優秀な人が集められた会社
それに付いていけないと感じ始める
周回遅れになってしまってそれを取り戻すには普通の努力では追いつけない
結局違う世界を求めてしまう 自分が優秀と認めてくれる世界
そこで天狗になってしまった人はそこでも実力を発揮できない
そして挫折の世界へ入り込んでしまう
これは本人だけの問題では無いのかも知れない
たぶんまわりの期待が大きすぎたのだろう
オール5はすごい
100点は優秀
一等賞は偉い
こんな世界で育ってきたら勘違いしてくる
オール5ではなくなった
90点しか取れなかった
二等賞になってしまった
残念な顔になる親から逃げたくなる
この優秀な子供たちは親の顔色を見ながら生きていく
そして一生懸命勉強する
それは与えられた教科書を勉強することで結果が出てくる
迷ったときにヒントを示してくれる親であれば少しは違ったのかも知れない
しかし社会人は学校の勉強だけでは結果は出ない
優秀な人には学力以上の発想力がある
普通の人はその発想力が欠如している
優秀な人には問題解決能力がある
普通の人は問題が発生しても上手く解決出来ない
そこに実力の差が出てくる
田中角栄という政治家は学歴は無いがとんでもない発想力で日本を引っ張っていった
今の日本はその発想の世界にある
実力を出身大学で比較する人が多い
受験をパスする頭脳と社会で生き残る頭脳は違う
机上では無く現場に出てからが実力の見せ所
小学校時代九九を半分しか覚えられなかった
2X9=18だけ覚えれば9X2=18と覚える必要ないと考えていた
先生の前で九九のテストがあった
当然出来なかった
頭の中で”9x2→2x9=18→9x2=18”と変換して答えていた
時間が掛かった
先生にちゃんと覚えるようにと言われた
しかし算数の成績は良かった
学校で必要と言われていることが100%本当に必要なのかと思っていた
必要か不必要かは後で分かることだがそれを鵜呑みにして暮らしていくことに危険を感じる
頭が良いとは何なのか
小さいときから優秀で大成した人は本物なのかも知れない
天才といわれ大成しない人もたくさん居る
学力関係なく頭が良いと言われる人も居る
周りが見え自分が見えその瞬間に最適の解を出せる人
時間が経ってその解が正解だったと言われる人
結局頭が良いということばはまわりとの比較
只頭が悪いと言われないためには日々の努力が必要
自己満足だけでなく他者満足にもなれる人
頭が良い人とは自己評価では無く誰かの心に残る人

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