病気に関する何気ない会話で気になることがある
①痛風になった人が必ずと言って良いほど言われることば
”痛風は贅沢病だ”
言われた本人からすると
こんなに普通の生活しているのになんでこんな言われ方するのだろう
贅沢なんて何もしていない
痛風の何を知っているんだ
贅沢病なんていつの時代の話だ
そんな感情がふつふつと沸いてくる
その人たちは如何にも痛風のことを知ってますよと病人の上に立つ
私は質素な生活だから痛風にはならない
贅沢の結果が痛風なんだ
自業自得だよ
と間違った知識で会話を納めてくる
それは知識がある人から見ればその人たちは知識の上書きがされていない人なんだと感じてしまう
帝王病と言われていた大昔の知識を現代病と言われている今に重ねて話している
プリン体が何なのかも知らずに尿酸値の話をしてくる
同じ食事をしていても痛風になる人とならない人の体質の違いもある
唯々自分には関係の無いことだと考えている
その痛みが来た瞬間にその考えは上書きされるだろう
②自分には関係ない病気の話を如何にも私はその病気のことを知ってますよと言いたがる人もいる
病気になった本人からしてみれば自分から明るく話すのには抵抗ないがそれを切っ掛けに他人から冗談ぽく言われるのはあまり面白いことではない
病気の話は暗く如何にも病人らしく話した方が同情されるのか
嘘でも元気を装っていると軽い病気と思われてしまう
強がって見せる人 弱った姿を見せる人
それは人それぞれの性格
しかしネガティブでは病気は治らない ポジティブな人からしか病気は離れていかない
③私の偏見によると軽い症状の人ほどすごい病気と言いたいらしい
こんなに痛いんだと言って同情を得たいらしい
本当に辛い人にはまわりに辛いと言えるだけの余裕が無い
辛さを話せるのはちょっと落ち着いてきたとき
でも簡単な人間ドックの検査なのにすごいことをやってきたように話す人もいる
その人は本当に辛かったのかと疑うことになる
④宴会などで病気の話をしていると必ず参加してくる人が居る
こっちは罹患した本人から生きた話を聞きたいのに知ったかぶりの人が間に入ってくる
治療法や症状など本人から真実を聞きたいときに脇から素人の知ったかぶりが話に参加してくる
時間の無駄だと感じながらその場の雰囲気でとりあえず話は聞く
罹患した本人の話ほど真実を教えてくれるものは無い
⑤足が悪い人のために座椅子の準備をお願いしたら従業員が”足の悪い人がよく頼むんですよ”と言った
その従業員はただ単に普通に座椅子が欲しいと頼んだと思っていたのだろう
しかし本当に座椅子が必要な人が座椅子を頼んだと言う事実
世の中の人がみんな健康体で生活しているということはない
それぞれ何かの問題を抱えながら特に他人に言うわけでもなく生活している人はたくさんいる
健康体で生活しているこの人は世の中の人がみんな健康体とでも思っているのだろうか
自分基準でまわりを決めてしまっている寂しい人
〈気を付けたい病気の会話〉
病気になるまで病気の本当の辛さは分からない
他人に聞いた知識だけでの病気の話は真実では無い
古い知識のままの会話は自分の信用も無くしてしまう
病気の話は表面には出さないが傷ついている人もいる
勇気づけるつもりで明るく未来を話しても落ち込むときもある
本人からすればあまりにかけ離れた空想だから
退院後
”体調どう?”と聞かれたとき
”特に変わりない”と答えた
”それは良かった”と言われた
私としては”最低ではないけどちょっと良くなった体調をキープしていますよ”
そんな感じだった
聞いた本人は退院した人は健康体に戻ってると思っているのかも
”退院できて良かったね”程度の会話が私には合っていたのかも
正解は無いが相手の気持を考えた会話をしたい

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