方言を気にする地方出身の都会人

各地方にはそれぞれのことばや風習がある
その地方独特なそこでしか通じないことば
そこでは当たり前の風習
地方ならではのプライドのある文化
ずっと同じところで生活しているとそれに気が付かないことがある
そしてある日 他文化に接したときそれに気が付く
最近はテレビでも地方の文化を紹介したり各地方の方言を使う芸能人も多くなった(芸風にしているとしてもネイティブ方言は素直に聞ける)
これらで各地方にはそれぞれ違った文化があるということを知ることができる

各地方の方言を聞くとそこに妙にのめり込む
その地方の情緒を感じる
地方のにおいを感じる
地方の優しさを感じる

しかし東京で暮らし始めるといつの間にか地方人も標準語を話し始める
意識しなくてもいつの間にか標準語になっていく
でも関西人はそれに染まらない人が多い
元々日本の中心は関西だというプライドもあるのだろうか
東京に対して負い目は無いのかも知れない
それ以外の地方の人の意識は東京人になっていく
東京近郊の他県に住む地方人は田舎に帰って”東京に住んでる”と言いがちと言うジョークもある
そんな中でも横浜在住者は例外かも知れない
地方でも横浜はお洒落タウンとして知れ渡っている

学生時代 東京で地方出身者の集まった友達同士で話すとき最初はそれぞれが自分の出身地の方言で会話していた
意識してそうしていたわけでは無く自然な会話だった
東京出身者が少なくほとんどが地方出身者の我々のグループ
”新宿までいくら”と静岡出身者(新宿まで行こう)
”今先生なんち”と北九州出身者(先生なんと言ったの)
”ぶち○○”と山口出身者(すごく○○)
他にもそれぞれの出身地のイントネーションで我々のなかでは自然と会話していた
方言は特に気にはならなかった
むしろそれを楽しんでいた

そんな中 方言を笑う人がいる

それも地方出身者
都会に染まった田舎人は地方出身者が話す方言や都会風のことばを馬鹿にする
自分も最初はそんなしゃべり方だったはずなのに
自分が笑われていたことを忘れてしまったかのように
それとも親切心から訂正しようとしているのか
やっと覚えた標準語を共通語にしたがる
もともとの東京弁の人の中にも方言を笑う人がいる
他に優越感を感じる物が無いのかも知れない

東京でバイトをしていた頃東北出身のお客さんのことばが分からず秋田出身の店員に変わって貰ったことがある
その秋田出身の店員から”真剣に聴けば理解出来る”と言われた
基本的に違う文化のことばはどんなに頑張っても分からないと思った
それが悪いこととは今でも思っていない
理解しようと頑張ることが大事
それぞれの歩み寄りがなければ会話は成り立たない
一歩ずつ近づけばいつか理解できる
そこである程度の標準語は必要になるかも知れない
しかし100%標準語に変える必要は無い

地方でも方言の違いがいじめになることがある
同じ県でもその地方によってことばは違う
自分の生まれ育った場所が他よりも勝っていると勘違いしている人たち
間違った優越感から他地域の文化を否定してしまう
その文化の違いがいじめの原因になることもある
そして逆もある
地方に都会から転校してくると”格好付けやがって”といじめる
人は同じカラーで集まりたがる
自分たちと違うカラーは排除したがる
それも自分たちよりも良い色のカラーはもっと認めたくない

生まれ育った場所は人間の評価には何も関係ない
家系も家族も本人の評価には関係ない
基本的にそれぞれのカラーは個性であり比較する物では無い
そこに優も劣も無い
お互いの生き方を尊重し理解し合うことから人間の生き方は決まっていく

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